機内サービスの映画で、

「シャイニング」と「南極料理人」を見ました。
 実は最近、全く映画を見ていません。久しぶりに見る映画が空の上というのも、我ながら情けないものだと思いますが、今更「シャイニング」っていうのも、もっと情けない話です
 しかし、さすが名作中の名作ですね、様々なシーンがデジャビュです。ラストシーンのみならず、重要なシーンは、ほとんど以前に見たような気がする。きっと写真や、映画紹介なんかで見た事があるのでしょう。実はこの映画、初めて見たのではないのではないか?本気でそんな気にさせられました。
 その後、続けて見た「南極料理人」、見ている途中で、あれっ、この設定、「シャイニング」と同じじゃない?って思いました。
 外界から隔離された極寒の土地。限られた物資での生活。毎日同じメンバー。そのような閉塞感漂う地で、精神的に不安定になる人間の姿。この2作を対比して話題にする人はほとんどいないと思いますが、偶然にも続けて見たことで、極限の地で人間がいかに行動するか、色々考えさせられました。
 最初に見た「シャイニング」、さすがキューブリックのカメラワークは抜群で、機内サービスの小さな画面でも絵が画面にハマる感じで素晴らしい。ステディカムを駆使した撮影、特に三輪車を運転する子供の背中越しに、しかも低い位置から撮影したシーンが緊張感を高めます。
 対して「南極料理人」、小さい画面で見ているのに、微妙に構図が締まらない気がしてしょうがない。まぁキューブリックの後で見たのが運の尽き、って気もしますが、あと少し引いて撮ったら決まるのに、とか、映画館の大画面で見たらもっと落ち着かない絵になるんじゃないか、なんて余計な事を考えながらストーリーを追ってしまいました。それにしても「シャイニング」でホテルの全景を撮影したシーンの圧倒的な存在感に比べて、「南極料理人」の基地の全景は、同じような構図で撮影しているのに、なんだか、ただの説明的な絵にしかなっていないような気がしてしょうがない。
 とは言え「南極料理人」の人間模様の描き方や、一つ一つのエピソードは妙に説得力があります。まぁ、もしかしたら自分と同じ日本人が作った、というのが大きいのかもしれませんが、全編に渡って流れる、ある種の虚脱感も含めて(そういう意味では締まらない画面が良かったのかもしれませんが)、南極という特殊な筈の場所をリアルに感じることが出来ました。おかげで物語も半分くらいを過ぎると、締まらない構図もだんだん気にならなくなってきたり... 。
 で、そうすると今度は「シャイニング」のオカルト的なところが、リアルな現実を薄めるファンタジーのような印象を受けて、物足りなくなってきたりするのです。とは言え、そもそもホラー映画なので必要以上にリアルなものを求めるのも筋違いでしょうが、それでも子供や黒人の『シャイニング』という特殊な能力は、この映画にはほとんど意味がない。
 なんて考えながら調べていると、キューブリックは、スティーヴン・キングの原作を大幅に変えているらしいですね。原作を読んでないので断定的なことは言えませんが、原作のオカルト的な表現を、人間の精神的な弱さによる幻覚の類いに昇華しつつ、普遍的な人間像を描いたであろうキューブリックの才能に、今度は感嘆してしまいます。
 と言うように、この2作を並べてみると、感想があっちへ行ったり、こっちへ行ったり。そんなところも面白いな〜、と思う2作です。
 最後に、この文を書く為にネットで調べていたら見つかった、「シャイニング」についての面白い解釈が書かれたサイトをリンクしておきます。機内サービスの映画では、そんな細かなとこまで見れないけどっ、て言うか、機内サービスでしか見ていない人間が書いた文章とリンクされるなんて迷惑?、なんて思いながら(苦笑)。

 

JAL 日本航空

2009年12月29日 07:55 投稿   ||  Permanent Link
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